こんにちは、カウンセラーの春香です。
台風の影響が少なくて、ホッとしていますが、皆さんの地域はどうですか?
少し前、母の3回忌を終えまして、母が亡くなってから丸2年経ったんだなと感じながら、この2年を振り返ってみることが多くて、ブログにも書いておこうと思います。
私が母と向き合い、これまでの役割を手放すと決めようとしていた時に母が亡くなりました。
母の死の知らせを受け、私は泣きながら夫に電話し、「弔問客も親戚も沢山来るだろうから子供たちにまで手が回らないから帰ってきて!私一人じゃ無理~うわーん(´Д⊂ヽ」とお願いしました。
(夫は出張で五島列島に居たんですが、1日掛かりで四国に戻ってきてくれました)
お通夜では、実家が商売をしていたこともあり、懐かしい方々との再会もありました。通夜後の会食では残る人は少なく、ほぼほぼ親戚だったんですが、母の死や現実を受け止めたくない父は、帰ろうとする人を威嚇するような感じで引き留めては、自分の悲しみに付き合ってもらっていたように見えました。
葬儀会場では、200人近い人が集まってくれたんですが、会場内の通路に立っている私の耳元で声がしたんです。
「父ちゃんに金を渡すなよ。」
こういう時、もう何も音が聞こえなくなります。
私の全細胞が私の内側に集中する感じで。
以前だったら内側から怒りのエンジンをメラメラ燃やして
「私がやらなきゃ!!」「やったらんかい!!」と、
スイッチが入る場面ですが、メラメラしてもすぐ消えます。
「お前がお金を持っておけ。」
「親父に渡したらいかん。」
何人の人が私の耳元で囁いたかは分からないけど、聞こえるたびに、
エンジンがかかりそうになっては「嫌だ嫌だ、もう私はその役割から降りる」
と何度も思い、最後の方は
放心状態で囁かれる言葉を耳にしていたと思います。
葬儀の後半で、父がお寺さんに相談しながら作った母の戒名を伝えられましたが、
その戒名の中には私以外の家族の名前が1文字ずつ入っていました。
私の字が使われていないことに気づき、一瞬ムカっと来ましたが、
「待て待て、あの中に入りたい?今の私は入りたくないぞ」と
自問自答して落ち着きました。
葬儀後に受付をしてくれた親戚から、「春香ちゃんに渡してね」と香典を渡す人が何人か居たという報告を受け、そういう期待にももう私は応えられないな…と感じました。
私が独身時代、実家の商売・病気の母を背負っていたし、結婚して地元を離れても子供を連れて里帰りしていたので、親戚の人たちも良かれと思って、私を心配して色々とアドバイスをくれたんですが…もうそういった期待には応えられないと、また思ったんですね。でも、思えば思うほど罪悪感が湧いてくるんです。
母が亡くなる前に私にお願いしてきたことも、父のことでした。
「お父さんがまた何かしたら、お金の問題が起きたら…。」
そう言われたとき、私は断りました。
その時だけでも母を安心させるためにウソをついても良かったのかもしれない。
でも、もう母に合わせることは私には無理でした。
お母さんの役に立ちたくて、
お母さんに喜んでもらいたくて、
お母さんに認めてもらいたくて、
お母さんと店を守りたくて、
お母さんに笑ってほしくて……
そうやって生きてきたけど、気づいてしまったんです。
ずっと自分を後回しにして、お母さんのことを一番にして、
お母さんの期待に応えてきたことに。
このパターンを色んな場面・色んな人間関係で繰り返してきたことに。
そして、この子供の時から身につけた在り方が、
今の自分には合わなくなっていることに。
「お母さんには悪いけど、現実的にも距離が離れているし、私には私の家族が居て、お母さんが望むように昔のようには出来ない。」
と母に伝えると、
「あんた、自分の子供にそんなこと言われたらどう思うの!!」
母は怒りを露わにします。
「子供たちには子供たちの考えがあると思ってる。子供たちにお母さんの面倒見れないって言われたら、ショックやろうけどね。」
と、母に返すと、
「まあ…よくもまあ…そんなこと…」
母は怒りを感じすぎて、言葉が出てこない様子で、そんな母の様子を感じ取っては、罪悪感に苛まれていたんですね、当時の私は。
母の葬儀を無事に終え、兄と二手に分かれ、各種手続きや実家の整理などこなしながら日が過ぎていく中で、兄が私に伝えてきたんです。
「東京を引き上げて実家に帰ってこようと思う。俺が帰ってきたらお前も安心やろ?」
え?いいの?お兄ちゃん帰ってきてくれるの?
一瞬喜んだ私ですが。。。。。不安が湧いてきます。
兄が20代の頃、父が兄に嘘をつき、消費者金融ということを隠し、借金の保証人を兄にしたことがあったんです。
「お気は確か?」
そう兄に聞きました。
兄は、
「あの頃は社会人に成り立てやったし、俺はあの人(父)のこと分かってなかった。もともと帰ってくるつもりで準備してたけど、お母さんが亡くなる前には間に合わなかった」
と、言ったんです。
そして兄が、
「あの人(父)の世界には、あの人(父)しか居ない。」
と、言ったとき、私が長年感じていた父への違和感と繋がりました。
実家で、残された親子三人で話し合いをしたとき、父は母が遺したお金で、
「また商売をする」「お母さんも応援してくれてた」と言い出し、兄と私の怒りに火がつきました。
兄は兄の、私は私の意見を父に言うものの、
父は、「俺は皆の役に立つことがしたい。だから商売がしたい」の一点張り。
あなたが何もしないことが、一番皆の役に立つことなんですけど?
そんなことを思っていたとき、兄が立ち上がり父を見下ろしながら言いました。
「商売するなら絶縁する!」
私の真正面に座っていた父は、目を見開き、口は開いたままで言葉を発することが出来ない様子で兄を見つめたまま固まっていました。
父は自分がしてきたことを無かったことに出来る人ですが、まさか息子に絶縁を突き付けられるとは思っていなかったのでしょう。
少し時間を置いてから、兄が父の年齢や体力的なことを踏まえた上で、
どうやったら商売が出来るのか、無理なくやれる方法を考えたほうがいいと伝えながら、最後に「勝手に動き出した時点で絶縁やけんね。」と釘を刺し、その日の話し合いはお開きになりました。
夫や長男次男に対しても思うことですが、男性の捉え方や愛情って広くて大きいなと思うんですが、兄に対しても感じたんですね。私はおちょこサイズ...
そして兄の存在が、私の中で存在感を増していきます。
読んでいただき、ありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ