こんにちは、カウンセラーの春香です。
仕事が休みなので、窓から稲刈り作業を時折眺めながらブログ更新です。
気づけば、この記事で100記事目となりました(^_^)
いや~ビックリ(笑) ブログを三日で挫折した数年前の自分が驚いてることでしょう。
10月分無料モニター様募集、おかげさまで満枠になりました。
ありがとうございました。
さて、母が亡くなってからのことを振り返るシリーズ。
母を見送った日から2年① - LIFE ➕ 生きづらさも包み込んでみる
こちらの続きを書いていこうと思います。
前回、兄の絶縁宣言風味で終わりましたが、
実は私も父にぶつけた言葉たちがあります。
「子供二人を抱えて商売しながら、借金を繰り返す夫の借金を返済する生活はお母さんは怖かったと思うよ。お父さん、隠そうとしてるけど周りにはバレてる。葬儀でも数十人から、親父に金を渡すなって私が言われたもん。」
私の口から出てきた言葉に、父は、
「あいつ(母)が周りに言うけんや。」
「あいつ(母)が好きで返済したんやろうが。」
確かにそうなんです。それは紛れもない事実。
父の借金を、母が返さなきゃいけないと思って返した。
私も母に何度かキレて、感情をぶつけたことがあります。
「なんでお母さんが返すの?お父さんが作った借金やろ?」
「お母さんが返し続けて意味があるの?なんで本人に返させんの?」
「本当の優しさってなんなんよ!!腹立つわ!!」
母は、「だって…でも…。」と、口を一文字にして繰り返すばかりでした。
頭では分かっていても父の開き直ったような、昔から変わらない、
母に責任があるような怒鳴りつける言い方に、私の心臓が怒りで熱くなりました。
兄はこの時、怒りで頭の中が真っ白になったそうです。
メラメラと怒りを感じながらも、なぜ父はこうなのか?なんなんだコイツは?
色んなことを考えながら、聞いてみたい・カマかけてみたい気持ちが出てきたんです。
「お父さん、ずーっと借金繰り返してきてしんどくなかった?」
「いつバレるか、返すことが出来るのか、嘘つき続けてしんどくなかった?」
私の問いかけに父は、
「あの頃は良い時代やったし、簡単に借りられた。本当に良い時代やった。」
答えになってねーよと思いながら、
「自分で借りに行ってるよね?消費者金融が入ってるビルが向こうから来るわけないもんね。良い時代過ぎても借りてるよね?」
私の問いかけに黙り込む父。
ビール→タバコ→ビール→タバコ…チラっと私を見る
ビール→タバコ→ビール→タバコ…チラっと私を見る……エンドレス。
そんな父と向き合った状態で座っている私は、父から目をそらすことなく
腕組みをしたまま父の様子を見ていました。沈黙の30分間ずっと。
依存症が否認の病と言われるのは、こういうことなんだろうなと感じたり、
これが自分の父親なんだなと感じたりしながらも、無に近い感じでしたね。

母が亡くなったのが初秋で、兄が実家に引っ越してくるのが年明けてからになるだろうと言っていたので、それまでは私が何回か実家に帰ればいいかなと思っていました。
実家から自宅に戻り、香典返しの準備に取り掛かりながらも、
意識が実家に向かうし、やっぱり父への怒りが湧いてくるし、
母が亡くなった悲しみもジワジワ出てくるし、
兄が実家で父と暮らすことへの不安、日々の生活に追われながら、
自分と向き合う余裕なんて全く無い状態でした。
夫は「何もせんでいいし、ゆっくりしたらいいんで。」と、言ってくれてたんですが
、ありがたいと思っても受け取り切れなかったです。心ここに在らずで。
夕方、近所の土手を散歩する時間が唯一自分と会話する時間だったんですが、
きれいな夕焼けを見ていると、母が亡くなった悲しみが湧いてきては涙が溢れ、
何も知らない人が見たら完全に危険人物だろうなと思いながらも、交通量がほぼ
無いに等しいので、出来るだけ涙が出れば止めずに泣いていました。
そろそろ帰ろうと来た道を引き返すと、500mくらい先に夫の姿が見えます。
やっと涙が止まったのに、夫の姿と夫の優しさを感じると再び涙腺が崩壊します。
「あんのヤロー(T_T)迎えに来やがって( ;∀;)」←表現がオカシイ
何も考えずに号泣できたらいいのに…この頃の私は出来ませんでした。
1人にならないと泣けないし、寝ても寝てもスッキリしない。
父と母への罵詈雑言が頭の中で飛び交う。
そして、そんな自分を無意識に責める。兄への心配が止まらない。
父の銀行の手続きや香典返しの追加の件などで、
往復6時間運転して日帰りで何度か私だけで実家に帰ったんです。
他にも子供関連のことで自分がやらなきゃと思ったことで動いたり。
私が動けば動くほど、夫に助けを求めることになったり、
日帰り帰省の運転で腰を痛めて、びっこ引かないと歩けなくなったり。
動きたくないのに動いたから、強制的に動けないようになったのかなと思いました。
本当は、実家に帰りたくなかったし、1週間くらい一人で何処かに行って、
籠って好きなだけ泣いて、誰の世話もせずに自分だけの時間を過ごしたかったです。
結局その願望を叶えることなく正月を迎え、重たい心と痛む腰と足を引きずりながら
家族とともに実家に帰りました。
ドン引きしたのは、父が祖母(父方)の遺骨と母の遺骨を混ぜていたことです。
「寂しかったけん、しょうがないやろうが。」
そう言った父に対して、コイツマジヤバイ……私はそう思いました。
兄も帰省していたので、本当に実家に帰ってくるのか確認したんです。
やっぱり本当でした。
「お気は確か?」
言わずにはいられなかったので、また言いました。
やっぱり兄は帰ってくると。
実家で父と一緒に住むと。
一緒に住まないと帰ってくる意味が無いとまで言う兄。
皆でお寿司を食べに行きましたが、父はマイペース過ぎて
兄に注意されながら端っこで小さくなって食べていました。
実家から自宅に戻り、皆が一息ついたときに長男が、
「じいちゃん、マジヤバイ。アレ(遺骨)はやったらイカンやつや~!ヤバッ!」
と、言ったので、
子供でもヤバイって感じるんだな、
遺骨は混ぜないものって知ってるんだなと思いながら、
「だよね~!!」
と、私は大声で長男に共感・同意をしました。
読んでいただき、ありがとうございました(@^^)/~~~
なかなか心身ともに疲れるぜぃぜぃぜぃ…
よしのカウンセラーあんな長編書いて凄いな…
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