生きづらさを愛おしさへ

◇生きづらさを愛おしさへ◇

 

 

愛しい皆さま、こんにちは。

カウンセラー春香です。

私についてはこちらをどうぞ。

 

 

今日も雨でございます。

洗濯物が乾きづらいですね。

乾燥機が頑張ってくれています。

 

*お知らせ*
 6月のカウンセリングについて、
 5月28日(金)20時よりブログ
 にて受付開始します。
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今日はブログのタイトルに触れて

みようと思います^^

 

 

生きづらさを愛おしさへ。

~『愛おしい』の意味~

大事にして可愛がりたくなるさま。

たまらなく可愛い。goo辞書より

 

 

 

私が感じていた生きづらさは、

自分の感受性の強さや繊細さ、

育ってきた環境や親子関係などの

要因が絡み合って感じていたもの

です。

今もゼロになったわけではなく、

以前に比べてパーセンテージが低く

なった分、楽になったと感じます。

 

楽になっただけでなく、

そんな自分を愛おしく感じるように

なったのはどうして?

 

頑張るのが好きだから頑張っていたし

頑張るのが正しいと思って頑張って

いたと思っていましたが、実は違って

いました。

 

私は自分のことを知らなかったんです。

いつかの私は「こんな自分はダメだ」

と自分に✖を付けたんですね。

 

他人からの評価や他人からの承認に

重きを置いていたこと。

私には価値がないという無価値観から

頑張っていたこと。

私は親を助けることが出来なかった

という罪悪感から、無意識に罪を償う

ように頑張り続けていたこと。

 

気がつけば弱音を吐けない、

他人に頼ることができない状態で

1人で抱え込むことが多かったです。

 

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夫と付き合っていた頃は、弱い自分を

見せることをしていたのに、

結婚して夫婦になり家族としての距離

に縮まると、弱い自分を見せられなく

なりました。

夫婦のモデルは両親なので、両親の

ような関係性に近づくばかり。

 

 

子供の時に身に着けた『我慢』という

愛情表現を大人になってもしていたし、

妻なんだから~母親なんだから~

嫁なんだからと色んな条件を自分に

つけては自分を雁字搦めにしていたと

思います。縛り上手のドМですね。

 

 

自分がどれだけ我慢していたのか

自分がどれだけ頑張ってきたのか

自分が本当はどれだけ怒っていたのか

自分がどれだけ傷ついていたか

 

 

何の為にそれをしてきたのか

 

 

私は『家族』の為にしてきました。

家族でなくても大切な誰かのため。

子供時代も大人になってからも。

 

 

依存的で過干渉な母親のことも

モラハラで借金癖のある父親のことも

大好きだったことを忘れて

私が何とかしないとと思い込んだり

あんな夫婦にはなりたくないと下に見たり

ドロドロに憎んだりもしました。

 

両親を大好きだった子供時代の気持ちと

両親を憎んだりジャッジする思考との距離が

離れすぎていて苦しかった。

 

子供の私と大人の私が仲良くなかった。

 感情と思考がバラバラでした。

 

でもそれも自分だけでは気づけませんでした。

 

知らなかった自分の事を知るたびに

自分のことを受け入れていくたびに

自分のことを愛おしく感じるように

なったんです。

 

自分には愛なんて無いと思っていたし、

子供を上手に愛せないと悩んだことも

ありましたが、私の中には愛がありました。

愛があるからこそ悩んできたんだと

今は思っています。

 

 

家族(両親)のことで悩んできたけれど、

私が変わりたいと思うきっかけや、

子供がどんなに親を思っているか、

男性がどんなに女性の役に立ちたいと

思っているか、沢山見せてくれて

気づかせてくれたのも家族(夫.子供)です。

 

 

 

出来ない自分、足りない自分、

怒りっぽい自分、弱い自分、

涙もろい自分、アホな自分に✖を付けて

「こんな自分はダメ」

そう思ってそんな自分を隠していた

つもりでいたけれど、

夫は最初から「不完全な私」を

受け入れてくれていたんです。

結婚した理由がアホだから、

不完全だからだそうで。

もっと上手く言えんのかーい^^

 

 

自分のことを嫌っていたのは

自分なんですよね。

自分らしさを嫌ったのも

自分らしさを隠そうとしたのも

自分です。

 

 

自己否定しながら

自分の価値を低く見積もっていたから

周りからの愛情表現や評価も心から

受取れなかったし、罪悪感や無価値感

から幸せになる許可を自分に出せて

いなかったんです。

 

 

色んなことに気づいて落ち込むことも

ありますが、これが私なんだと

受け容れていくことが増えるごとに

愛おしく尊い存在だと自分自身に

感じています。

 

 

愛おしい存在にいつまでも我慢を

させたくないと思いませんか?

愛おしい存在に幸せでいてほしいと

願いませんか?

 

 

自分が嫌っていた部分にも

自分の魅力があります。

そこがいい!と言ってくれる人も

居るものですよ^^

 

 

最後まで読んでいただいて、

ありがとうございました(@^^)/~~~