生きづらさを愛おしさへ

聴く専門家・春香のブログ

抑え込んだ寂しさを思い出すきっかけ

◇抑え込んだ寂しさを思い出すきっかけ◇

 

 

愛しい皆さま、こんにちは。

カウンセラー春香です。

私についてはこちらをどうぞ。  

 

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うどん県は朝から雨です。

子供たちの登校中に降らないでくれた

ので、ちょっと安心しました^^

 

雨が続くと、なんとなく気持ちも

静かになったりいつもより落ちたり

しませんか?

 

 

昨日の根本裕幸お師匠のブログ。

nemotohiroyuki.jp

 

~お師匠のブログより引用~

私たちは何かと寂しさや孤独感を覚える

生き物ですが、しっかり者の長女などは

特にその役割を使って寂しさや孤独感に

蓋をして成長することが多いと思います。

だから、大人になってもその役割を

続けてしまうのですが、何かの拍子に

ずっと寂しかったことを悟るのです。

 

 

私は子供のときは、寂しいと感じている

自覚はあったんですよね。3歳の頃から、

夜は親が居なかったので。

 

でも、それを言ってはいけないと思って

いたんです。親に心配をかけたくない、

迷惑をかけたくないから。

 

その寂しさを感じないように蓋をし続け

成長にするにつれ、その寂しさは親への

恨みや怒りにも変わったりしました。

 

そういった感情たちは、私の内側にある

ので、私の周りにいる人、関わった人に

投影したりもしていました。

 

仕事での役割、家庭での役割、

求められている役割。

 

昼も夜も忙しく、シャキシャキと動き周る日々。

 

忙しくしていれば、感じないように気が

紛れることもあったし、次から次へと

やるべきことに追われて必死だったり、

役に立っている感じもするし、大人って

そういうものだろうとも思っていました。

休み下手だったし。。。

 

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「何かの拍子にずっと寂しかったことを

悟る」と、お師匠は書かれています。

 

私にとっては、『子供たち』がきっかけでした。

 

感情むき出しで、泣きわめいたり

我儘言ったり、全力でお母さんを求める姿。

 

子供らしい我が子たちを見て、どうして

私は怒りを感じるんだろう?

私は手がかかる子供ではなかったな。。。

なんで子供たちは出来ないんだろう。。。

それぐらいしなさいよ。。。

 

子供を通して、幼少期の頃の自分を思い出す

ことが多かったです。

 

「寂しい」「こっち見て」「大好き」と

言える子供を見てちゃんと気持ちを言えて

凄いなと思ったり、私とは違うんだなと

思ったり、そういった気持ちを言える環境

や状況を、私は与えてあげられているんだと

ザワザワしながら受取ってみたり。

 

夫との夫婦関係も、沁みついていた実家での

役割(しっかりしなきゃ、私がやらなきゃ)

から、頼れない甘えられないという悪循環、

男は頼りないという思い込み(父の投影)、

無意識に夫と戦おうとして、夫婦なのに

男同士みたいな関係性になっていました。

 

夫に本音を晒すというとても怖いことを

したとき、夫に伝えたのは、

「本当はずっと寂しかった。」

という言葉でした。

 

かっこ悪くて負けてしまうような気がして

いましたが、夫に伝えたことで、夫婦関係

は好転していきました^^

 

夫に甘える・頼るを繰り返しながら、

夫を役に立たせてあげるということが

分かるようになったり、

繰り返していくことで夫が頼もしい存在に

なり、嬉しそうに応える夫を見ながら

最初から夫は、この私を受け入れてくれて

いたことに気がついたり。

凄い遠回りした感は否めませんが…(笑)

 

そして、母が亡くなる少し前に

母に本音を伝えるという、またしても

恐ろしいことをしたとき伝えたのは

「ずっと寂しかった。」

という言葉でした。

 

母は、

「そうかあ。知らんかった。ごめんね。」

そう言ってくれたと思います。

 

しゃくり上げながら伝えたんですが、

言っても大丈夫なんだと感じられたこと、

私が伝えなかったから母は知らなかった

と受け止められるようになりました。

 

母と私は察して察する、行動で示す母娘

だったので、言葉で伝え合うことを

してなかったんですよね。

なので、伝えて良かったと思っています^^

 

母が亡くなってからでも、母の愛を受け取る

ことが出来たことで、私が望んでいた形では

ないけれど、母には母の愛があったことが

分かり、母と私は違う人間なんだと改めて

感じたし、母からの価値観の押し付けを

あれほど嫌がっていたのに、私も母に対して

私が思うような幸せを選んでほしいと期待

していたことに気づいて、似たもの親子だなと

笑えたり^^

 

寂しさを抑えこんで蓋をしていましたが、

寂しさに気づいて寂しさを感じたとき、

私に寂しい思いをさせ続けていたのは

私なんだと気づいたんです。

 

ずっと見ないフリをしながら、寂しさを

そのままにしていたこと。

 

これからも寂しい思いを自分にさせたいか。

 

『させたくない』と思ったから、

自分を知りながら向き合っていくことを選びました。

 

今でも寂しさを感じることはあります。

だって人間だもの^^

 

以前とは違って蓋をせずに

私は今寂しいんだな~と受け止めたり

どっぷり浸ってみたり

「寂しい」と言葉にしたり。

 

感じたくないものかもしれないけど、

寂しさは誰もが持っているものだとも思います。

 

自分の寂しさに寄り添いたいですね^^

 

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それでは、今日はこの辺で。

読んでいただき、ありがとうございました(@^^)/~~~