◇もう嫌だ!もう無理だ!と思ったとき◇
愛しい皆さま、こんにちは。
カウンセラー春香です。
もう既に夏休みに飽きてます…。
まだかな~学校が始まるのは…。
皆さんは、これまでの人生の中で「もう嫌だ!」「もう無理!」と強く思ったことはありますか?
私は何度も何度も思ったことがあります。
仕事でも、恋愛でも、夫婦関係でも、子育てでも。
「もう嫌だ!」「もう無理!」そう思いながらも、「我儘言ってはいけない」「みんなも頑張ってるし」「迷惑かけてはいけない」「頑張れば出来る」「やれば出来るはず」と、自分に言い聞かせたり奮い立たせたりしながら、踏ん張っていました。
若い頃は、それでもなんとかなってたし、感情を抑え込んで理想を掲げて正しさをもとに行動したり、評価を得るために行動することもあれば、誰かを喜ばせたり笑顔になってもらうのが嬉しかったからという動機もありました。
若いから、何度だって立ち上がれたし、少々寝なくても何とかなるし、次から次へと起きる出来事をエネルギー源にすることも出来る。
でも、年齢を重ねるに連れ、無理を重ねることのストレスが心身ともに顕著に出るようになり、その被害は家族に及ぶんですよね…。
また、私の在り方を変化させる時ですよ~と家族から無意識のお知らせが来たり。(だいたい良いお知らせではない…。)
もう嫌だ!もう無理!と何百回目かに思ったときに、『心理学』や『こころ』のことを知り、信じたくはないけどどうやら『自作自演』らしい…嫌だ信じたくない…と思いながらも、自分のそれまでを振り返ると、似たようなパターンを繰り返していることにも気づきます。
もう嫌だ!もう無理!と強く感じていたのは、私の心の叫びだったのかもしれません。
「助けてよ!」そう叫んでいたのかもしれない。
でも、他人に助けを求めるのも嫌でした。だって弱くて格好悪い私を知られたくないし、見られたくなかったし、嫌われると思っていたから。
弱くて格好悪い私を一番嫌っていたのは私だったから、他人にも嫌われると思っていたんです。
いつか誰かが助けてくれるはず…という淡い期待も持っていたと思います。青い鳥症候群でしょうかね。
これからどうしたいか…「いつまでも同じパターンを繰り返したい?」「同じところでグルグルしていたい?」と自分に聞いたとき、叫ぶような強い声ではなく、静かな声で「もう嫌だよ。」そう聞こえたような気がします。
『いつか』変わるかもしれないと思い続けても変わらなかったし、目に映る外側・自分以外の他人を変えようとしていたことに気づいたから、『いつかを止める』と決めて、『私が私を助けよう』と思ったんです。
私が私に我慢をさせる選択をし続けてきたんだから、逆の選択をしてみたらどうなるんだろう…その先にはどんな世界があるんだろう…そんな好奇心もありました。
ずっと『自分を後回し』にしてきたことに気づいた分、『自分優先』にしたいと思えたんです。それすらも当たり前すぎて気づけなかったけど、苦しかったり生きづらさを感じていたから、本来の自分から離れていたと思います。
あれから7年が経ち、7年の間にも色々ありましたが、ゆっくりと目に映る世界も、私の在り方も、夫婦関係も変わりました。きっとこれからも変化していくと思います^^
やっぱり長年の癖はありますが、それを否定せず、それも私・それが私と受け入れられるようになったので、随分と楽です。
もう嫌だ!もう無理!と思うとき、あなたの転機になるかもしれません。繰り返すのも転機にするのも、自分次第だとしたら、どんな選択をするでしょうか?
それでは、今日はこの辺で。
読んでいただき、ありがとうございました(@^^)/~~