愛されたいと思うのは、なぜ?

◇愛されたいと思うのは、なぜ?◇

 

 

 

愛しい皆さま、こんにちは。

カウンセラー春香です。

 

GWが終わろうとしていますが、皆さまいかがお過ごしたか?

制限の無いGWを楽しまれたでしょうか?

 

私は4月下旬に腰を痛め、屈伸やくしゃみ・横になった後の起き上がる時に感じる絶望の痛みから回復してきたところです。痛かったよ~(;´Д`)

それでも子供の部活の送迎やらヘルプのバイトやら腰の治療やらで、気づけばGWが終わりかけています。

 

自分が思っていた以上に『新年度の変化』に、過敏に反応していたんだなと感じているところです。

 

 

さて、皆さん『愛されたい』と思ったり感じたことはありますか?

 

私は、気づけばずーーーーーっと『愛されたい』と思っていました。

 

どうしてそう思っていたのか…『どうせ私は愛されない』と思っていたから。

それだけじゃなくて『私ばかり愛されてごめんなさい』という思いも隠し持っていたので、ややこしいです。

 

『どうせ私は愛されない』という思い込みから、愛されるために役に立とうとしたり、必要とされるように認められるように頑張ってきたこともあれば、

 

『私ばかり愛されてごめんなさい』という思い込みから、罪を償うように自分を罰するように自分に厳しくしたり、『誰か』に遠慮したり『誰か』を優先したり、自分の思いを口に出来なかったりしてきたんですよね。

 

努力と我慢で構成されていた私の世界観は、『世の中は厳しい』。

 

生まれたばかりの第一子である長女を初めて抱いたときに、人体の神秘も喜びも感じましたが、『こんな世知辛い世の中に生まれて…』という昭和感満載の言葉も浮かんだくらいです。マイクがあれば分娩台で歌ったかもしれません。

 

昭和感満載の価値観・親の価値観で生きていて苦しんでる自分を、生まれたばかりの長女に投影していたくらい、私は苦しかったんですよね。(当時は全くそのことに気づいてませんし、子供たちの存在によって私の価値観に破壊と再生が起こりました)

 

私が『どうせ愛されない』と思っていたのは、私には愛される価値がないと深いところで思い込んでいたり、劣等感や自分の価値を低く見積もっていたこと、罪悪感から愛させないようにしていたこともありますが、一番は『愛さない』と自分が決めていたことです。

 

『愛さない』と決めたから、私の中で『愛』が氷結してしまったのかと。

 

決めたのは自分なのに思い出せないから、自分で止めてるのも分かりませんでした。

 

自分には愛が無いんだ…と思っていたくらいで、自分は冷たいと感じたり上手に愛せない自分を責めていた時期も長かったです。

 

そして、止めてるから受け取ることもできない。与えて受取るというサイクル・循環も生まれないので苦しさは続き、エンドレス。。。この苦しさをどうにかしたいと知識を増やしても、一瞬楽になったようですぐ元に戻る。。。の繰り返し。

 

どうにかしたい、楽になりたいという気持ちを1人で抱えて1人でどうにかしようとしていましたが、1人では難しかったです。←頑固です、ビビりです

 



だって誰にも頼ろうとしてなかったですし、頼れないのは周りを信頼してないからだし、当時の苦しさを誰にも言えませんでしたから。弱いところも見られたくなかったし、嫌われる恐れも、親密感の恐れも大騒ぎでした。

 

なんなら周りの人の色んなところにイラついてジャッジしまくってましたしね^^

他人に向けた厳しい目よりも更に厳しい目で自分自身を雁字搦めにしていたわけです。

 

自分の『感情』を見ること、向き合うことがとても怖かった。

思考で生きてきた分、怖かったです。

どこかで気づいていたけど気づいてないふりをしていたことが沢山ありましたし。

 

自分が何を感じてるのか、どうしてそう感じるのか。

その大元になっているものがどういったものなのか。

 

そして、どうして自分がその行動を選んだのか。

どうしてその行動が出来たのか。

 

こういったことを知ることで自分の中にも『愛』はあるんだ、あったんだと思うようになっていきました。時間はかかりましたけども。

 



『愛されたい』と思うのは、『私は愛されない』という前提があるから。

欲しているのに愛を受け取ろうとも思えないし、受け取れない。

本当はあるのに、『ない』ことになってしまう。

 

目に見えるもの、してもらったこと、相手の反応などの条件つきに対する感謝の気持ちはあるけど、心の底から湧き上がる感謝が湧かないとしたら、受け取る範囲が限定されていたり心から受け取ってないんじゃないかと思います。

 

自分の内側が、目に見える外の世界に映し出されているとしたら?

条件つきの愛を自分に向けているのは誰でしょう?

「私なんて」と遠慮したり自分を小さく見積もった分、受け取る量も小さくしていませんか?

 

あなたの大切な人に対して、心から湧き上がる感謝を感じて味わってみたいと思いませんか?そんな自分になれるとしたら?

 

ただ受け取る。

相手から与えられたもの・量に対して自分が何も出来ないとしても、何も返せないとしても、ただ受け取る。

 

受け取った瞬間にその喜びを感じて表現する。

 

その時のあなたは軽やかで可愛くて、見ている側を喜ばせる存在です。

想像するだけで私まで嬉しくなります^^

見たいな~♡

 

上手くまとめられませんが、今日はこの辺で。

読んでいただき、ありがとうございました(@^^)/~

 

 

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