5年ぶりの、ただいま

◇5年ぶりの、ただいま◇

 

 

 

愛しい皆さま、こんにちは。

春香です。

 

 

久しぶりにお墓参りをしに帰省してきました。

帰らなかったのに、帰りたくなった。

 

 

城山の一角にあった憩い所

 

 

 

わたしは、地元を離れて県外に嫁いだ。
両親も、実家も、もうない。

実家がなくなってから、5年くらい帰ってなかったと思う。

なんとなく後ろめたくて、帰ろうと思えなかった。


それが去年の12月、「地元に帰りたいな」とふと思った。
「お墓参りがしたい」と。


お正月に予定を合わせて向かったけど、雪で途中断念。


「GWにリベンジする?」と夫に言われて、「帰る!」と即答した。


片道3時間半、往復7時間の日帰り。


トンネルを抜けて地元に入って、懐かしい景色を見た瞬間、涙が出た。
重たさのない、ただ緩むような涙。


「なんでか分からんけど泣ける」と夫に言いながら、少しの間そのままでいた。

 

お寺に着いて、お墓に向かう。
両親のお墓が見えた瞬間、また涙が出た。

「ただいま、ただいま、ただいま。」


内側から湧いてきた言葉は、
何も乗ってない、ただの「ただいま」だった。

 

枯れ葉を集めて、草を抜いて、お墓を拭く。
水がなくなれば、夫が井戸で汲んできてくれる。

綺麗になったお墓の前で、2人で手を合わせた。

離れるときは、不思議と何も感じなかった。

 



そこからは、
「コーヒー飲みたい」
「ラーメン食べたい」
「氏神様行きたい」
「お城登りたい」
「商店街歩きたい」
「アイス食べたい」。

思いつくままにリクエストして、夫に全部叶えてもらった。

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小学生の頃から好き

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城山から町を見おろす


友人には連絡せず、ダメ元でバイト先に行ったら会えて、コーヒーをご馳走になった。

 

商店街では、両親の友達の和菓子屋さんが店を閉めようとしていた。

走っていって、「おばちゃん!」と声をかけた。

少し小さくなった背中。
小学生の頃から知ってるおばちゃん。

「まだ働かされとるんよ」と言うおばちゃんに、
「まだ看板女将やねぇ」と笑って返す。

和菓子を買いながら近況を聞いて、
最後は握手じゃなくて、おばちゃんにハグした。

軽くて、後を引かなかった。

 



全部やり終えて、高速に乗ったとき、

「終わった。」

その言葉が何度も内側から湧いてきて、また涙が出た。

夫は、「ティッシュないよ?」と言うくらいで、何もせずそのままにしてくれた。

だからわたしも、そのまま泣いた。

そして、夫のシャツで涙を拭いた。
大丈夫、マスカラはしてない。

 



わたしはずっと、自分の愛に自信がなかった。

何もできていない、結果も出せていない、うまく愛せていない。
そんなふうに思って、愛に条件をつけていた。

でも今は思う。

あんなに悩んで、自責するくらい、愛があった。

あのときの状況で、自分をなくすくらい、
あのときの自分ができることをやった。

それがあのときのわたしの精一杯だった。

よく頑張ったよ。



地元に帰るのが後ろめたかったのは、
自分の愛を認められていなかったから。

恐れ(罪悪感)から世界を見ていたから。

ふるさとに対しても、そうだった。

 



自分の愛を認められるようになって、
両親の愛も、両親の人生も、そのまま受け取れるようになった。


だからお墓を前にしたとき、
何も乗ってない純粋な「ただいま」が出てきたし、
「終わった」と感じたんだと思う。


幼いわたしと、あの頃のわたしに、ありがとう。

そして、おかえり。

 



ずっと運転してくれて、
わたしのリクエストに応え続けてくれた夫にも、ありがとう。


高速を降りて、2人で男飯。

いつもなら食べきれず、
夫に食べてもらうところを、今日はペロリと完食。

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かしわバター丼

身体も心も動かしたから、お腹すいてた。

ごちそうさまでした。