生きづらさを愛おしさへ

聴く専門家・春香のブログ

『お父さん、大好き』

 

 

 

愛しい皆さま、こんにちは。

カウンセラー春香です。

 

 

今日は娘とランチしてきました。

何かと話題のお寿司。

美味しゅうございました💛

 

***

 

少し前に聞いた、ある人の言葉が私の中に残っていまして。ちょっと寂しそうでもあり、ちょっと甘えたそうでもある様子で言った言葉。

 

『お父さん、大好き。』

 

聞きながら、そんな風に人前で言えるって凄いな~と、私は感じたんですよね。

 

お父さんなんて大嫌い!!と、私は父親を天敵と見たり、ああはなりたくないと見下していたし、長い間反抗期をしていた私は隠れファザコンでした。(ファンもアンチも対象に対して同じ熱量を向けているので、大嫌いと言いながら…実は…ってやつです。)

 

『お父さん、大好き。』という言葉がうっすらと私の中に残ってる時に、『私たちの初恋は異性の親である』というテーマを目にしたんですよね。

 

私たちの覚えてもいない初恋の相手は異性の親になります。そんなこと言われて、あなたはどんな感覚や反応が出ましたか?

 

自分から出た反応を、”今の自分はこういう風に反応するんだ~”と、ただ見てあげてくださいね。

 

私は女なので、父親に恋をします。小さい頃の自分から見ると、大人というだけで大きいし何でも出来るように見えるし、父は私を可愛がってくれていたので、ちょっと何だか女の子気分というかお姫様気分も味わえていたように思います。

 

あの頃の私は、父のことが純粋に大好きでした。(その記憶はハッキリとあります)

 

父に可愛がられ、父の腕の中に居る私。そこには幸せしかない。でも、傍にいる母がその父と娘の様子を喜んでいないように、幼い私は感じたんですね。

 

なぜか、お母さんが不満そうにしているように感じたんです。

 

何か、私は悪いことをしているような…という罪悪感を感じるようになり、数年後には母が難病を発症し、私が悪い子だからお母さんは病気になったのかも…と純粋すぎる親を思う気持ちから、お母さんが可哀想に気の毒なように見えるようになったんです。

 

母が不満そうに見えたことで、『お母さんに悪いから、お父さんとはちょっと…。』という遠慮が始まり、それは父に対して、『愛せなくてごめんなさい』という罪悪感を持ち続けることになります。

 

母への罪悪感と、父への罪悪感が常に私の中にあったわけです。

 

そして母が闘病するようになり、母と私の距離が縮まっていく中で、父親の自己中なところや母親を大切にしているようには全く見えないことから、思春期の私は父親に対して「愛さない」と、自分から背を向けたんですね。

 

それからずっと『愛さなくてごめんなさい』という父に対する罪悪感を自分が持ち続けていたということも知らずに、私は年齢を重ねていきました。

(父と心理的距離が遠いことから、私の恋愛は遠距離が多かったです。あとは職場での嫉妬される問題も。)

 

***

 

今なら、分かるんです。

 

母にも父親が居たけれど、四姉妹の二女である母は父親に甘えることが出来なかったかもしれないし、父親が愛情表現が苦手な場合は娘(私の母)に伝わってない可能性もある。昭和20年代だと、今とはまた違う余裕の無さや必死さでしょうし。

 

そして、当時の父と母には”父の借金問題”があったので、そのことで何度も揉めたでしょうし、母が父の借金を返し続けていたこと、父の借金癖が治らなかったこと。

 

自営業のお店のこと。働いてくれるスタッフのこと。お客さんのこと。日々の家事。年老いていく親のこと。親戚のこと。自分の体調のこと。子供たちのこと。

 

当時の母が置かれている状況なんて、幼い私には分かるはずもなく。

 

母親の自己嫌悪や自己否定が強かったり自己肯定感が低ければ、娘が可愛がられる様子を手放しで喜べない状態になることもあること。娘が可愛がられる様子から、母親の心の傷が反応することもあること。

 

私にはしてくれないのに子供にはするんだ…という、夫に対する不満があれば日常のあちこちで反応が出てしまうこと。

 

そんなことなど知らない幼い私は小さな体で純粋な心で、その時に出来ることを考えて決断したんだと思います。

 

親子関係を振り返っていくなかで、愛されなかったと感じていたところから、自分が求めていたものとは違っていたけれど、親には親の愛し方や愛情表現があったということを見つけて、親からの愛を受け取るという段階があります。(親への怒りを吐き出すことも大事です)

 

ある人が言った『お父さん、大好き。』という言葉は、その決断(母への遠慮から父に背を向け始めたこと)をした時の幼い自分の痛みや思いに意識を向けさせてくれました。

 

本当は、大好きだった。

好きなものは、好きでいたかった。

父も母も、どちらも大好きだった。

どちらにも笑顔で居てほしかった。

 

イメージの中で、幼い私に沢山言わせてあげました。

 

「お父さん、大好き。」

「お母さん、大好き。」

「みんな、大好き。」

 

父の満面の笑顔、母の嬉しそうな顔、兄の優しい笑顔。

恥かしくて嬉しくて笑顔が絶えない幼い私。

 

「あなたはなんにも悪くない。」

「あなたが好きと伝えるだけで、こんなに笑顔で喜んでくれるんだよ。」

今の大人の私が、幼い私に伝えました。

 

***

 

愛されたいと願いながらも、私たちは本当は愛したい。

 

親が亡くなってから残ったのは、愛せなかった愛さなかった後悔や罪悪感。

私が娘としてやれることをやったということを認められるようになっても、伝えなかったことや止めていたことへの悔いはね、まだ残ってます。完全には消えてない。

 

簡単なようで難しい「大好き」という言葉。

(難しくしているのも自分なんですけど)

 

親への感謝は、ふと湧き上がってくることはありますが、『大好き』は、そんなに出てこないな~と改めて思ったり。二重にロックしてたら出てきにくいですよね^^

 

それでも、簡単に伝えてくれる人、表現してくれる人は居るもので。師匠のように見せてくれる存在。それは、我が子たちです。(今は思春期なので思春期らしい表現)

 

お母さん大好き!と伝えてくれた時の喜びは、とても大きなものでした。

 

夫は私より不器用なので、私から伝えたり、言わせたり言ってもらったりしています。

 

小学生頃からクールとか落ち着いてるとか言われている私。

私は愛の無い冷たい人間なのかもと思ったこともあります。ツンデレですかね^^

 

そんな私が初めて『愛してる』と言葉にしたのは2年前です。

先輩カウンセラージュンコさんのカウンセリングを受けた後の出来事。

ものすごい勢いで長男に愛を伝えたこと。

surrender33.hatenadiary.com

 

***

 

亡き父は、それはもう分かりやすく愛情表現をする人で…初孫である我が家の長女に対してですね、

 

「はるかちゅわわわ~んっ💖💖💖」と、身体をクネクネさせることも、鼻の下をデレデレに伸ばすこともする人でした。(自然とそうなっちゃうくらい私のことも娘のことも可愛かったんでしょうね。)

 

その様子を見ながら当時27歳の私は…

孫の名前と娘の名前まちごうとるどー

娘の名前呼んでることに気づけ―

しっかりしろー男だろー

恥かしいからやめろー

シャキッとしろー

と、心の中で猛烈に叫んでおりました。

 

 

この、心の中で叫んでいることが、そのまんま自分への言葉となり、自分が愛情表現をすることにブレーキをかけていたんですよね…。

 

受け入れがたい相手こそ受け入れるべき相手…という言葉を目にした時、静かにため息をついた私です。

 

好きなものは、好き。

大好き。

 

そう感じている自分を認めてあげる。

そう感じている自分に許可を出してあげる。

 

そう感じられるもの、そう感じる人、そう伝えたい人が居るのなら、やりやすいことや伝えやすい人から、やってみるといいですよね。自然に表現されてることもあると思います。

 

私のように愛情表現や自己表現を抑えてきた人にとっては、恥ずかしいことや怖いと感じることかもしれません。

恥ずかしいと感じたり怖いと感じることは、何もおかしなことではないんです。

 

やったことがなかったり、良くないことだと思い込んでしまっているのかもしれません。なので、1人で抱え込んで考えすぎたり、自己否定や自責に走らないように、あなたの思いやあなたのお話を聞かせてくださいね^^

 

 

と、いうことで、私に”好き~💛”を感じさせてくれるカーリングシトーンズのチケットをゲットしたので、3月のLIVEで”好き~💛”を感じることが楽しみです^^

 

長い文章を読んでいただき、ありがとうございました。

 

それでは、今日はこの辺で。

またね~。

 

 

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